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横浜地方裁判所 昭和34年(む)131号 判決

被疑者 永田義一

決  定

(申立人氏名略)

被疑者永田義一に対する傷害被疑事件について、横浜地方裁判所裁判官神田正夫が昭和三四年九月五日なした勾留請求却下決定に対し、右申立人から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告申立理由の要旨は、横浜地方裁判所裁判官神田正夫は、昭和三四年九月五日被疑者永田義一に対する傷害被疑事件の勾留請求について、被疑者には刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に定める理由がいずれもないものとしてこれが請求を却下した。しかしながら(一)被疑者が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由の存在することは一件記録により明かである。(二)被疑者は警察が本件捜査のため数回にわたり書状、電話あるいは警察官が直接赴くなどして出頭を求めていたのにかかわらず全くこれに応ぜず逃亡の虞れが大である。(三)被疑者は神奈川ハイタク労組委員長で全面的に犯行を否認しており組織を利用して参考人に圧迫を加えて罪証を隠滅することが窺える。したがつて、被疑者には勾留を必要とする相当な理由があるのみならず、刑事訴訟法第六〇条第二号、第三号に該当することが顕著であるのに、その理由なしとして勾留請求を却下したことは、この点に関する判断を誤つているものであるから、右決定の取消を求めるというにある。

よつてまず被疑者が罪証隠滅の虞れがあるかどうかにつき検討するに、本件記録に徴すれば、被疑者は申立人主張のように全面的に犯行を否認していることが認められるが、被疑者が勾留状請求書記載のような犯罪を犯した疑は本件記録によつて一応認めることができる。しかも最も重要な証拠である被害者大原道彦は、被疑者等から逆に告訴告発を受けるやこれに関する取調に際し「先方が私を告訴告発するのでしたら私もやむを得ません神聖な法廷において黒白を争う覚悟を決めている」旨供述している(昭和三四年八月一四日附司法警察員に対する供述調書第八項末尾)ので、被疑者が所論のように組合の組織を利用して圧迫を加えるようなことがあつたとしてもたやすくこれに屈するものとは考えられない。

また参考人武中伝は会社の事務員であり、同谷口呉子は女性であるのでこの種事件の公判廷においてはあるいは充分な供述のできない場合がないとも限らないが、同人等は組合員ではなく、被疑者等の組合の圧力は直接には及ばないのであるから適正な捜査によつて証拠を確保しておくことは充分可能であるといわねばならない。しかも事件発生以来既に三ヶ月余りを経過し既に捜査の大半は終つていることを併せ考えると、現段階においては被疑者を勾留しておかなければ、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものとはたやすく認められない。

次に被疑者に逃亡すると疑うに足りる相当の理由があるかどうかにつき考えてみるに、被疑者が警察からの数回にわたる呼出に応じなかつたことは記録により認められるが、被疑者は当地方裁判所裁判官神田正夫の勾留尋問に際し右は当時地方へ出張しておつたので出頭できなかつたものであり、妻子と別に横浜市神奈川区栄町三丁目六九番地平田方に居住していたのは子供の通学の便のためで時折同市同区六角橋町一〇三三番地三和荘に居住する妻子のもとに帰つておるので今後呼出の際はいつなりとも出頭する旨を陳述し、当裁判所の本件抗告事件の呼出に際しても出頭し、前記住居はいまのところ移転する予定はなく逃げかくれする気持はない旨陳述しているところより考えても、被疑者には逃亡すると疑うに足りる相当の理由があるものとは認められない。

これを要するに被疑者については勾留する必要はないものと認めるのが相当であつて、これと同趣旨に出た原決定は相当であつて、本件準抗告は理由がないものといわなければならない。

よつて刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田作穂 戸塚淳 小川昭二郎)

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